軍艦島の模型づくりの設計と質感づけ|風化表現と光で廃島を再現する

荒天に洗われた護岸、層を重ねた集合住宅、錆びた配管や潮の白い筋。軍艦島の模型は「密度」と「抜け」の兼ね合いで印象が大きく変わります。作例を見るほど迷いやすいテーマですが、基準をそろえて段階化すれば、初回でも着地が安定します。ここではリサーチと縮尺、地形ベースと護岸、建物群の設計、風化の積み上げ、海と波、最後の撮影までを一気通貫でまとめました。写真にしたときの説得力も見据え、現物らしさと作品らしさの折り合いをやさしく整えていきます。

  • 縮尺と視点距離を決めると密度と作業量の見通しが立ちます。
  • 護岸と建物の「段差」を決めると構図の芯が通ります。
  • 風化は3層で積むと失敗が減って調整が楽になります。
  • 海と光は最後の一押し。写真での再現性が上がります。

軍艦島の模型づくりの設計と質感づけ|成功のコツ

まずは地図感覚をつくるところから始めます。島全体を詰め込みたくなりますが、模型は視点距離が決まる表現です。要素を絞って「何を主役に置くか」を早めに決めると、その後の工程が軽くなり、破綻もしにくくなります。

縮尺の決め方と視点距離の目安

1/1000〜1/700は島全景の雰囲気を掴む縮尺、1/350〜1/200は護岸と住宅群の関係が出しやすい縮尺、1/144〜1/100は階段や配管、看板跡まで作り込める縮尺です。展示棚や撮影距離を先に決め、視点距離=台座の辺×2〜3倍を目安にすると、密度と作業量の釣り合いが取りやすくなります。

配置ラフと視線誘導の骨格

俯瞰で三角構図かS字構図を検討し、護岸の屈曲や桟橋跡をリズムとして配置します。奥行きは「大きな面→中くらいの塊→細い線」の順に置き、主題を遮る壁面は少し角度を振ると写真での立体感が出ます。空き地や崩落跡は抜けとして活用し、密度の山谷を作ります。

地形と護岸の段差を決める

ベースの厚みは見た目だけでなく強度にも直結します。海面を基準に護岸天端までを数値化し、台座の側面にスケールを書き込んでおくと、後工程で迷いません。段差は写真で陰影が生まれる要所です。1段差=1シャドウを意識します。

建物群の取捨選択

島の象徴的なブロックを2〜3つに絞ります。完全再現を狙うと情報過多で読みにくくなるため、壁面の割付や階段の位置など「島らしさの記号」を優先して拾います。廃材や配管は量より配置のセンスが問われるので、塊で置いてから間引くと整います。

資料の当て方と法的・安全な配慮

写真資料は撮影時期で状態が変わります。風化の程度を統一したいなら時期を揃え、解像が足りない部分は俯瞰図や観光パンフの模式図で補います。立入禁止区域や管理規程に触れる具体的な採寸や立入方法の記述は扱わず、公開資料の範囲で構成しましょう。

注意:実地の形状を完全コピーするより、主役(護岸・壁面・階段)を決めて「距離で見える情報」を優先すると、写真でも読みやすくなります。

用語の整理

  • 天端:護岸の上面。波しぶきの塩痕が出やすい位置です。
  • 躯体:建物の主構造。コンクリート壁や梁を指します。
  • スケール感:縮尺らしい見え方。窓割や手すりの太さが効きます。
  • 抜け:情報をあえて抜く余白。視線の休憩所になります。
  • 潮痕:海水が乾いて残る白い筋。方向性で風を語れます。

段取りのステップ

  1. 展示場所と視点距離を決め、縮尺を選ぶ。
  2. 俯瞰の構図と護岸の屈曲をラフに描く。
  3. 主役の建物群を2〜3ブロックに絞る。
  4. 段差を数値化し、台座側面にメモする。
  5. 不足資料は模式図と俯瞰写真で補う。

地形ベースと護岸の再現

海面と陸の境目を美しく作ると、一目で「島」になります。フォーム材や石膏、エポキシ系パテを組み合わせ、面の粗密を変えながら層を作りましょう。護岸は直線ではなく微妙なうねりと欠けでリズムを与えると、写真での説得力が増します。

材料の選び方と扱い

ベースは押出発泡(XPS)で軽く、護岸の縁はエポパテでエッジを出すと作業が早いです。石膏は吸水で毛羽立つため、希釈木工用ボンドで表面を締めてから塗装に入ります。角の欠けは最小3段階で大中小を混ぜると自然に見えます。

護岸テクスチャの作り分け

型押しで大面の荒れを入れ、スポンジ叩きで細かい孔を足します。潮が当たる帯は水平の擦れ、雨だれは鉛直の筋。互いに直交する線を重ねると人工物らしさが立ちます。最終は粉パステルで白い帯を薄く置き、塗膜で固定します。

波打ち際の段差処理

海面の樹脂厚みを見越して、護岸の足元に浅い返しを作ると、波の薄い境界が自然になります。返しの内側は濃い緑を仕込み、樹脂が乗ると水深の差として効きます。

メリット

  • エポパテの縁成形は欠け表現と強度を両立します。
  • XPSベースは軽量で加工が早く歪みも出にくいです。
  • 波返しを仕込むと樹脂の境目が自然に馴染みます。

デメリット

  • 石膏の粉っぽさは封じが必要で、工程が増えます。
  • エポパテは硬化後の削りが重く、工具負荷が高いです。
  • 返しが深すぎると不自然な影が生じやすいです。

ミニFAQ

  • Q. 本物の石を貼るべき? A. 重量と縮尺ズレが出やすいので、テクスチャで寄せる方が安全です。
  • Q. 欠けを増やすコツは? A. 角→面→筋の順で少しずつ。3段階のサイズを混ぜます。
  • Q. 防波堤の色は? A. 下層は冷たいグレー、潮帯に白、上部に埃色で帯を分けます。
  • ベンチマーク:護岸天端は海面から等間隔で2〜3段を維持。
  • ベンチマーク:欠けは辺長の3〜7%に抑えるとやり過ぎを防げます。
  • ベンチマーク:潮痕は水平優先、雨だれは垂直優先で交差を作る。

建物群の設計と量感の出し方

軍艦島の模型を象徴づけるのは、躯体の網目と窓のリズムです。面積の大きい壁を先に決め、階段や外廊下で立体の流れを作り、最後に配管や避雷針で密度を整えます。窓は抜くほどスケール感が上がりますが、抜き過ぎると破綻するため、量よりリズムで見せるのが近道です。

窓割と外廊下の調律

窓は縦横の繰り返しが音楽です。縦連窓は等間隔で、外廊下は45°で少し振ると写真に奥行きが乗ります。支柱は太すぎると玩具感が出るので、スケール換算で手すりは0.2〜0.4mm程度を目安にします。

コンクリートの肌を作る

サフの粒度を変えて二層で吹き、スポンジでピン孔を散らします。のちに油彩ウォッシュで雨じみを足し、最後に粉パステルで埃の帯を絡めます。エッジはハイライトを軽く入れると角の立ちが復活します。

配管と小物で重心を散らす

配管は1〜2系統に絞り、曲げのRを揃えると人工物らしさが出ます。避雷針とワイヤは最上段に細く一本、空を割る線が入るだけで視線が上へ抜けます。看板跡は明度差だけで表現するとやり過ぎを避けられます。

要素 材料 狙い ポイント 失敗例
窓枠 プラ帯板 細い繰り返し 厚みを揃える 太さのバラつき
外廊下 L字プラ材 影の帯 45°の振り 水平のみで平坦
躯体肌 サフ+スポンジ 微細孔 二層の粒度 均一でのっぺり
配管 真鍮線 線のリズム Rを統一 蛇行で雑然
看板跡 マスキング 明度差 色を乗せすぎない 主張過多

失敗と回避策

(1)窓が太い:部材を0.1〜0.2mm下げます。塗膜厚も考慮して早めに細めで。
(2)壁が均一:サフ粒度を変え、スポンジで孔をまばらに。
(3)配管が蛇行:曲げ治具でR統一。直線→曲線→直線の順で。
事例:1/350で窓を全抜きしたら玩具感が消え、室内の影が写真で効いた。代わりに廊下の手すりを0.3mmへ細めたら、奥行きも増した。

風化・錆・潮痕の積層テクニック

風化は三層で考えると破綻しにくいです。「染み(面)→筋(線)→粉(粒)」の順で薄く積むと、どれかが強すぎても戻せます。筆とスポンジと粉を行ったり来たりしながら、にじみの縁を柔らかく保つのがコツです。

工程の流れ

  1. 面:油彩やエナメルで広い染みを薄く。
  2. 線:レインマーク用に極細筆で筋を追加。
  3. 粒:粉パステルで埃と塩の粉を置く。
  4. 戻し:クリアで一段なじませる。
  5. 強調:角と鉄部だけピンポイントで強める。
  6. 統合:最終の遠吹きで粒子を寝かせる。
  7. 確認:写真でハイライトと影の均衡を見る。

小さな数値の使いどころ

雨だれは角で太く、面で細く。線の上下で幅が変わるだけで重力が生まれます。赤錆は黒を下に、オレンジは上に。塗料の希釈は1:8〜1:12、粉は面の1〜3%に抑えるとやり過ぎを防げます。

チェックリスト

  • 面・線・粒の順になっているか。
  • 角と鉄部だけ強調し過ぎていないか。
  • 白が浮いたらクリアで一段落とす。
  • 写真で明度差が飛んでいないか。
  • 風向と流下方向が一致しているか。
  • 統計メモ:粉の割合を面積の3%以内に抑えると自然度が高い傾向。
  • 統計メモ:レインマークは2〜3色重ねの方が単色より写真耐性が高い。
  • 統計メモ:最終遠吹きの被膜が薄いほど粒子の寝方が均一。

海面・波・潮だまりの作り方

海は光を操る舞台です。透明樹脂は美しい反面、厚みや気泡の管理が繊細です。まず着色は下地でほぼ決め、樹脂は透明のまま光を通す発想に切り替えると破綻が減ります。波は「向き」「高さ」「周期」を揃えると、風の物語が立ちます。

海の層構成

  • 下塗り:濃紺→青緑→浅瀬の黄緑をグラデで。
  • 薄層樹脂:2〜3mmを数回流し、気泡は加熱で抜く。
  • 表層波:ジェルメディウムで方向と周期を統一。
  • 白波:筆とスポンジで泡を置き、乾燥後に少量足す。
  • 濡れ:護岸の返しにクリアで濡れ境界を作る。
  • 仕上げ:光沢クリアで微細な凹凸をまとめる。

注意:着色樹脂を厚く流すほど濁りや黄変のリスクが増えます。色は下地8割、樹脂2割で考えると安定します。

手順ステップ(波の向きを揃える)

  1. 風向を決め、波頂の角度を軽くマーキング。
  2. ジェルを一定方向に引き、周期は不規則に。
  3. 白波は頂点の風下だけ。点置きから線へ伸ばす。
  4. 濡れ境界に光沢クリアで薄い帯を入れる。
  5. 写真で逆光と順光を確認し、白の量を微調整。

撮影・ライティングとストーリー付け

最後の見せ方で作品の密度が伝わります。半逆光で面に帯状のハイライトを作ると、護岸の段差や窓のリズムが浮かびます。背景はグレーで質感、黒で締まり。主役の建物に光の芯が乗るようライトを少し振ると、写真の立ちが一段良くなります。

ライティング比較(俯瞰構図)

セッティング 効果 メリット 留意点
半逆光+レフ 帯状ハイライト 段差強調と立体感 白飛びに注意
側光二灯 壁面の肌強調 風化の粒が映る 陰の二重化
上面ソフト 均一な明部 全体が安定 平坦になりがち

ミニFAQ(撮影編)

  • Q. レンズは? A. 50〜85mm相当が歪み少なく質感が出ます。
  • Q. 絞り値は? A. F8〜F11で面の情報を保つと安定します。
  • Q. 逆光で白が飛ぶ。 A. 露出−0.3EVと局所レフで回避します。

用語の再整理

  • ハイライト帯:面に走る光の芯。段差の表情を作ります。
  • 局所レフ:小さなレフ板で暗部に光を差すテクです。
  • 視線誘導:明暗で見る順番をコントロールします。
  • ダイナミックレンジ:白飛び黒つぶれの許容量です。
  • トーンカーブ:明暗の配分を微調整する道具です。

まとめ

軍艦島は「密度」と「抜け」の塩梅が命です。縮尺と視点距離を先に決め、護岸の段差と建物群で骨格を作り、風化は面→線→粒の三層で積むと戻しが効きます。海は下塗りで色を決め、樹脂は光の器として扱うと破綻が減ります。最後は半逆光で帯を作り、写真での説得力を整えます。島を写実で固めすぎず、記号性の高い要素を選んで配置すれば、限られたスケールでも「らしさ」が立ち上がります。今日の基準を工程メモに残して、次の一作で密度と軽さのちょうどいい点を更新していきましょう。